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suzuki 凧あげ(手作り)

ジャズはあまり聴かないけど、この間セロニアス・モンク・コンペティション作曲賞を獲った守屋純子を聴いたら、自分もピアノ上手くなりたくなった。 (FARMER 鈴木龍一)

「農場日記第四回」
 
 先週サラダバーの2NDアルバムを買った。うちのFARMERの屋代氏と谷部氏が中心となって活動しているバンドの久しぶりの音源だ。仕事で新宿に来ていたので車を駐車場にとめてタワーレコードに入ると、特設コーナーが設けられていた。裏には同じようにギターウルフの特設コーナーがあった。レジを済ませて特設コーナーたちを眺めながら、ふとJ−POPの「ふ」にFARMERが並べてあるか探した。
 無かった。「THERE IS NO RIVER」発売当初はここに並んでいた。あれからもう7年も経つ。しかし何1つ並べられるようなものは作っていない。ライブも年に1度やるかやらないか。無いのが当然である。

 タワーレコードを後にして駐車場に向かう途中、この7年間自分は何をしてきたのか考えていた。子供の事、家の事、自分の身体、親、仕事、週末の予定…。作曲活動とはかけ離れている生活とその実績で自分を慰めているのがわかった。しかし、やりたいことが出来ない苛立ちを慰めているのかと思ったが、やりたいこととは何だろう。CDを出すこと?有名になること?歌手になること? 返事は無かった。

 つい最近ある人からこんな質問をされた。
 「鈴木さんは何の為に歌っているんですか?」
 「え?えーと。そーだね。…」
 答えられなかった。ここまでブランクがあると何も言い返せないのか。いや違う、自分が日本人なのに英語で歌いビジネスマンなのにファーマーであるという非日常的設定がストレートな質問を難しくしてしまっているのだ。それにしても鋭い質問である。7年前でも答えられる自信は無い。「音楽が好きだから」という答えくらい用意しているが、それだけで歌い続けられるのかは疑問が残るので言わなかった。

四谷での商談を終え、靖国通りを走りながらラジオを聴いていた。
  「テリー伊藤のってけラジオ!来週は崖っぷち芸能人が日替わりで登場! 月曜日は林葉直子さん、火曜日は桑田真澄投手、… …」
 桑田も崖っぷちか。18番を背負いながらズルズルと現役だとこんなこと言われてしまうのだな。でも桑田が何を思っているのか聞きたい。来週の火曜日か。

 自分は宮崎駿の映画が好きで発表されたものはほとんど観ている。その中の確か「魔女の宅急便」だったと思うが、発表当時の宮崎駿のインタビューをよく思い出す。

  …人間の考えることには、言葉で表現できる部分と、表現されない領域があって、言葉で表現されるものは、ほんのわずかでしかないんだそうです。僕は映画をつくるとき一応言葉でストーリーを考えるわけです。しかしつくっていくうちに言葉で考えた部分は確実に役に立たなくなって来るんです。
  「これではだめだ」どうしてダメなのかよくわからないんですが、理屈で考えたものはツマらないことがわかってくるんです。でも、もうスタッフがいっせいに絵を描き始めていますから、途中でダメなんて言えませんので、追い詰められて、必死で考えます。考えているうちに、意識で考えているときには思いつかなかったことが、突然脳みその奥の方から浮き上がって来るんです。僕はこれを「脳みその蓋を開ける」って言うんですが。でも、うんと追い詰められないと蓋が開かないんです。
  ですからアイディアはどんなときに考えるんですかってよく訊かれますが、アイディアなんかじゃありません。本当に追い詰められると、ふっと出て来るんです。そこで初めて「イケるんじゃないか」と納得が行く方向が見えて来るわけです…
 次回作を待ちわびている自分のような人間は多分沢山いる。こんなことを聞くと気の毒に思う。しかし観たい。「ゲド戦記」「王と鳥」もいいが、そろそろ原作・脚本・監督宮崎駿の新作が観たい。

 仕事が終わって会社を出るといつも夜の9時を過ぎている。地下鉄東西線を神楽坂駅から西船橋行きに乗り込む。昔は電車の中といえばウォークマンを聴いていたものだが、最近は本を読むようになった。すいている車両を探して席に座り、今日は文芸評論家の小林秀雄の言葉から読み始めた。

  …今歴史というものは、ものを調べることになってしまったんだね。いけないことです。そうじゃないんです。歴史は思い出すことなんです。
歴史を知るということは、織田信長が天正10年に本能寺で自害したということを知ることじゃないんです。そんなものは歴史じゃないんです。それは学問です。そうじゃないんだ。歴史は諸君の経験なんだ。学問をして、そういう経験まで達することを目的とするんです…
  …歴史家は出来事を人間がどういうふうに経験したか、どういうふうな意味合いを、その出来事をどういうふうに解釈したかという、そういう人間の精神なり思想なりを扱うんです。だから歴史過程というものは、いつでも精神の過程なんです…
  …だから歴史というものはみんな岩波文庫の中にあるんじゃないんですよ。そういう史料の中にあるんじゃないんです。諸君の心の中にあるから、歴史をよく知るという事は、諸君が自分自身をよく知るということとちっとも違わないんです。
  じゃあ諸君が子供の時は諸君の歴史じゃないか。史料によって君は自分の幼年時を調べてみたまえ。俺という子供は10才のときにこんなことを言って、こんなことを書いていると。それは諸君にとって史料でしょう。その時諸君は歴史家になるでしょう。その時に諸君は、10才の時の自分の道から自己を知るでしょう。
  だから歴史というものは、自己を知るためのひとつの手段なんですよ。歴史という学問は…
 結構影響されやすい方で、今自分の旬なものには特に影響される。今もこの小林氏の言葉に脳みその蓋が「ぱかっ」と開いた。そして自分の史料を基に歴史家になることにした。
 自分の精神の歴史といえば曲作りを抜きには語れない。それなしでは空っぽに近い。とりあえず思い出すには10年前に作った曲を聴くことだろうか。そういえば、昔の音源は何処にしまっただろう。思い出せない。確かCD−Rに10曲ほど編集したものがどこかにあるはずだ。でも捨ててしまったかもしれない。自分にとってどちらかといえば消し去りたい過去の部類に入っていた。よく要らないCDはユニオンの買い取りにお願いしたがそんなものを買い取ってくれるわけが無い。人に聴かせてもそんなCD−RはただのアマチュアバンドのデモCDでしかないだろう。どこにあるのか思い出せないが、捨ててない気がしてきた。必ずあるはずだ。帰ったら探そう。そのCD−Rは、「何の為に歌っているのか」という問いに答えてくれるような気がした。
 10年前というと23歳か。結婚の年だ。当時自分は何を感じとって曲を作っていたのだろう。ちょっと楽しみになってきた。現在の作曲は、崖っぷちという窮屈な気持ちで必死に作るイメージがある。良いアイディアは追い込まれた頭の中にのみおりて来るものだと思い込んでいる。自分が万全の状態でないと取りかかれない弱さ。作っても納得できない不安。ちょっとした宮崎駿気取りか。いや、次回作を期待されない宮崎駿だ。期待されないのだからついつい先延ばしにしてしまう。それがこの7年間ということか…。
 でも当時はそんなことは考えずに作っていたような気がした。次を期待してくれる人がいた様な気がした。そう思いたくなった。

 

 「えー、次は西葛西、西葛西です。」地下鉄は20分もすると南砂町駅を過ぎて地上を走り出していた。本の続きを読んでいても頭の片隅ではどんどん記憶がさかのぼり、FARMER初ライブの映像が断片的によみがえっていた。いい思い出だ。寺田氏と前嶋氏がいる。
 読むのをやめて電車の窓を眺めながら思い出にひたることにした。すると、そのライブの記憶の断片に屋代氏と谷部氏が出てきた。そういえばサラダバーもその時が初ライブだと言っていた。
 電車の窓に映る自分は、思い出し笑いでニヤついていた。その表情と、その奥に光るビルの明かりは、当時もバイト帰りにウォークマンを聴きながら、同じようにニヤついていた自分を想い出させた。






2007年2月3日/FARMER 鈴木 龍一

2004.01.22
農場日記第一回
2004.06.11
農場日記第二回
2005.06.14
農場日記第三回
2007.02.4
農場日記第四回